高齢の親との日常や生活サポート、健康管理の小さな工夫を、ちょっぴりユーモアを交えて綴るブログです。親との暮らしのリアルな出来事を通して、今の実家との関わりを記録しています。

はじめまして|高齢の両親との暮らしと生活サポートを綴る実家ブログです

このブログは、高齢の両親との日常や実家サポートの気づきを綴るブログです。
はじめての方のための案内ページになります。

😀はじめまして

私は実家に通いながら、高齢の両親の暮らしを見守っています。

同居ではない。
でも、他人事でもない。

介護まではいかないけれど、
確実に変化していく実家の暮らし。
できることを少しずつ増やしながら、今の暮らしをできるだけ長く大切にしたい。
そんな思いで続けているブログです。

免許証返納のこと。
寒さ対策や買い物の工夫。
そして父の小さな任務や、母のやる気の芽。

「まだ大丈夫」と
「そろそろ考えないと」の間にある日常を、

ほのぼのと、ときどき本気で綴っています。


最初の記事でも触れていますが、その記事はこちら
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😀このブログで読めること

高齢の親と実家の暮らし

通いながら見えてきた、
小さな変化と小さな安心。
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免許証返納とこれからの生活

車がなくなったあと、地方で暮らす親の生活はどう変わるのか。
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家庭菜園でたどる母のやる気シリーズ

高齢の母が草取りから再スタート。
苗植えへ、そして娘へ。
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父の任務シリーズ

できることを少しずつ増やす実験記録。
笑いながら続けています。
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😀こんな方へ

・高齢の親が気になり始めた方
・実家に通いながらサポートしている方
・実家が遠方、別居の方
・実家との距離感に悩んでいる方
・重くなりすぎないリアルを読みたい方

ここは、同じように実家に通いながら、高齢の親を見守っている方のための場所です。
どこからでも、ゆっくりどうぞ。

「まだ大丈夫」の今を守るヒントが、きっと見つかります。

今の暮らしを、できるだけ長く大切にするために。

高齢の父が急に饒舌になる理由|昔話を繰り返す"回想スイッチ”とは


高齢の父が急に饒舌になる理由

うちの父は、穏やかでのんびり。
絵に描いたような"ほわっとおじいちゃん”です。

けれど、ある言葉をきっかけにーー

カチッ。

突然、饒舌になります。

若い頃の仕事の話。
忙しかった時代の話。
何度も聞いたはずのエピソード。

止まらない。
本当に止まらない。
何百回目かは、もう数えません。

昔話を繰り返すのはなぜ?

高齢になると、最近の出来事よりも、若い時の記憶の方が鮮明になることがあるそうです。
いわゆる「回想」と呼ばれるもので、自分の人生を振り返り、確認するような時間。
父にとって、昔話はただの思い出話ではなく、"自分はこう生きてきた”という証なのかもしれません。
だからこそ、スイッチが入ると、あんなに楽しそうなんだと思います。

昔話スイッチは複数ある

・仕事の話題
・「あの頃は大変だったよね」
・子どもの頃の話題
の一言

どれを押しても自動再生。

何百回目かの話でも、父の中ではきっと"今も大切な記憶”。

聞きながら、私は少しだけ考えます。
この時間は、父の"自己確認”タイムなのかもしれない、と。

付き合う日、切り替える日

時間がある日は、ゆっくり聞きます。同じ話を何度も語れるのは、まだ元気な証拠でもあるから。

でも、忙しい日は、
「その話、また今度ね!」と区切ることもあります。
父は一瞬びっくりしますが、すぐに元の"ほわっとモード”へ。
意外と切り替えは早いのです。

昔話を繰り返すのは認知症?

正直に言うと、
「同じ話を何度もするのは認知症なのかな?」と、ふと不安になることもあります。
けれど、昔の記憶がよく出てくるのは、高齢になるとよくある変化のひとつとも言われています。

もちろん、日常生活に支障が出るほどの物忘れが続く場合は、専門家に相談することも大切。
でも、父の場合は、話の筋も通っていて、オチまでしっかり。
どうやらこれは、"回想スイッチ”のようです。

回想は今を生きる力にもなる

高齢者にとっての回想は、気持ちを安定させたり、自尊心を保ったりする役割もあるとされています。
父が楽しそうに昔を語る姿を見ると、それも悪くない時間だと思えてきます。

小さな言葉ひとつで、父はまた過去へ旅立つ。

でも、ちゃんと戻ってくる。
その往復が、今の父なのだと思います。

高齢の親の日常はこちらにも
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高齢の親の電話対応はこちら
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今の暮らしを、できるだけ長く大切にするために。

高齢の両親が支え合う姿|杖と肩で歩く夫婦の外出風景

よたよた歩きの母が、父の手が肩に乗った瞬間、サポートモードに変身!?
見ているこちらは思わず笑って、ちょっとじんとする。そんな"支え合う夫婦”の形です。

高齢の親の外出は、見守る側にとって少し心配な時間でもあります。
でも、支え合う姿を見ていると、心配より温かさが勝つ瞬間があります。

今日ものんびり、我が家のスローモーション夫婦

うちの両親、今日もスローペース。
スピード感はないけれど、ゆっくり進むのがこの家の標準設定です。

娘は荷物持ち兼・杖サービス担当

私と母が出かけるときは、私が荷物を持つのが定番。
ときどき私が杖代わり。
母はちゃっかり「今日は杖サービス付きね」と言ってきます。
いや、それ、オプション料金いただきたいくらいです。

父と母の外出、まさかの立場逆転

父と母が二人で出かけると、話が一気に逆転。
なんと母が父の"杖”に。
父は右手に杖、左手に母の肩。
小柄な母の肩が、どうやら絶妙な高さなんだとか。

母、サポートモード起動

その肩に手が乗った瞬間ーーピピッ。
母、突如サポートモード発動。
よたよた歩きだった母が、前進力200%アップ!
もはや人力アシスト機能搭載モデルです。

母の肩の万年湿布の記事はこちら
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ツッコミどころ満載

見ている私は思わず
「ねぇ、その機能、私の時も使ってよ!」
でも結局、杖➕母=最強タッグ。
今日も二人で、ゆっくり、笑いながら進んでいきます。

桜の季節の散歩記事はこちら
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外出メモ

高齢になると、ちょっとした段差や坂道も大きなハードル。
外出ひとつとっても、若い頃とは違う準備と覚悟が必要です。
それでも、家の中に閉じこもるより、「今日はどこ行く?」と話す時間のほうが、きっと大事。
両親にとっての外出は運動でもあり、気分転換でもあり、そして何より"二人の時間”なのだと思います。

母が私に寄りかかる日もあれば、父をぐっと支える日もある。
その日の体調で役割は変わるけれど、
高齢の親の外出は、無理をしないことが一番。
杖や手すり、そして家族の肩。身近な支えがあるだけで、歩ける距離は少し伸びるのかもしれません。

今日もまた、今を重ねる一日。

母から回ってくる服がいつも想定外|親子クローゼット日誌

実家に行くと、なぜか母から服が回ってきます。
「これあんた着ない?」と差し出される母セレクトの服は、だいたい私の想定を超えてきます。
母からのお下がり服。 
正直、最初は戸惑うのにーーなぜか最後は"似合ってくる”のです。

家で着るとキャラが変わる服の不思議

お店の鏡の前だと、なんとなく自分がワンランク上に見えるあの現象。
母も毎回その魔法にかかります。
そして魔法が解けた瞬間ーー
服は私のもとへ。

「これ、あんた着ない?」
そう差し出す母は、なんだかちょっと申し訳なさそうで、ちょっと期待している、そんな顔をしているのです。

母が選ぶ服はなぜか

"色強め・ゆったり・柄強め”

差し出されるのは
・色強め
・デザインゆったり
・柄の主張強めの"三強"

私は絶対に選ばない。
でも母は本気で「似合うと思って買ったんだけどなぁ…」と小声で言います。

いや、思考の道のりを聞きたい。
けれどその素直な気持ちがかわいくて、つい受け取ってしまうのです。

家族総出の買い物の様子はこちら
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慎重な買い物の記事はこちら
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母のお下がり服、渋々着ると似合ってくる現象

とりあえず袖を通してみる。

「まぁ……家で着る分にはね?」
そう思って鏡を見るとーー

あれ?悪くない。
むしろ、アリ。

母がちょっと誇らしげ。

父の"ふわっと肯定”がいちばん効く

だいたいこういう時、横から父がひょっこりと現れ
「似合ってるよ〜」
と、よくわからないタイミングで褒めてくれます。

タイミングもテンションもふわっとしているのに、なぜかいちばん効くのです。

結論:母セレクトは

"優しい新ジャンル開拓"

気づけば、私のクローゼットには母由来の"ちょっと冒険服ゾーン"ができています。

母が自分の失敗を押しつけているのか、
それとも私を新しい世界に案内しているのか。

たぶんそのどちらも、ちょっとずつ当たっているんだろうと思います。

今日もまた、母の「似合うと思ってたんだけどなぁ」が、私の世界を少しだけ広げていきます。

今日もまた、今を重ねる一日。

高齢の母が無理をするベットメイク問題|やめられない家事習慣と肩の負担

   〜朝からフルスロットルのベットメイク劇〜

高齢の親が、体がつらくてもやめられない家事はありませんか?
わが家では、朝のベットメイクがそのひとつです。

高齢の母が毎朝続けるベットメイク

実家に行くたび、母の"朝の日課”を聞かされる。
それは、毎朝のベットメイクとの戦い。

ガサッ、ゴソッ、バサッ。

肩にはまんねん湿布。

湿布貼りの記事はこちら
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それでも壁とベットの隙間に布団を
ねじ込む、押し込む、詰め込むのフル三拍子。

私「そんなに動かしたら肩痛くない?」
母「見た目が綺麗じゃないと気になるのよ!」

…訪問客のベットチェック、そんなに頻繁にあるだろうか。

高齢の親が家事をやめられない理由

「そこまでしなくても大丈夫じゃない?」と言う私に、母はさらりと、
「でも、やらないと気持ち悪いじゃない」

あぁ、やっぱりいるんだ。
この家には"しなければならないお化け”が住んでいる。

家事負担を減らそうとする高齢の母

ある日、実家へ行くと、母が得意げに棒を掲げていた。

母「これね、奥に布団を入れやすくする道具!」

その棒、布団専用なのかどうかは不明。
試しに押し込んでみる母。

母「……全然入らない」
私「そりゃそうじゃ……」
結局、道具よりも母の肩の方が先にダメージをうけ、
最後はなぜかちょっと気まずい空気に。

高齢夫婦の家事をめぐるすれ違い

母「寒がりのお父さんのために、綺麗にしておけば温かいのよ」
父「いやいや、お母さんの肩が痛いんだから無理しなくていいよ」

……なんだこの優しいのに噛み合わない感じ。

エアコン温度でのすれ違い記事はこちら
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娘、DIYという湿地帯へ踏み込む

見かねた私は、
布団にひもを縫い付け、ベット下から引っ張れる仕組みを作った。

私「よし、引っ張るよ」
ひょいっ
母「惜しいわねぇ」
私「え、どの辺が!?」

母の合格ラインは果てしなく遠い。

結論:朝の平和はまだ先

母は今も、まんねん湿布を貼りながらベットと戦い、
父は「本当に無理しなくていいのに」とつぶやき、
私はまた新しい改善策を考えるのでした。

まとめ

高齢の親にとって家事は"役割"
高齢になると、できないことが少しずつ増えていきます。
だからこそ、「まだできること」は手放したくないのかもしれません。
ベットメイクはただの家事ではなく、母にとっては"家を守っている証"なのだと思います。

無理をしない仕組みを作る
高齢の親の家事は、全部やめさせるのではなく、負担を減らす工夫がちょうどいい。
やめさせるのは簡単。
でも、"やめてもらう"のはなかなか難しい。
負担を減らす仕組みを一緒に考える方がうまくいくこともあります。
できることを奪わず、体を守る。
そのバランス探しが、実家サポートの難しさなのかもしれません。

今日もまた、今を重ねる一日。

ゴーヤと唐辛子で、実家の家庭菜園が本気を出してきた


〜高齢の母の家庭菜園|母のやる気シリーズ④〜

これまで、

・草取りがキッカケで家庭菜園をリスタートさせ シリーズ①
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・花壇を整備し  シリーズ②
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・娘の私までプチ菜園を始め シリーズ③
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気づけば実家の庭は"ちょっとした農園感"を漂わせ始めています。

そして今回。
ついに母の念願だった、ゴーヤと唐辛子を植えることになりました。

ゴーヤと唐辛子、植える時期はちょうどいいらしい

まずは恒例の、検索エンジンという名の参謀で情報収集。
参謀によると、

ゴーヤ
・ 5月中旬〜6月上旬 
・気温20〜25度以上

唐辛子
・ 5月上旬〜中旬   
・気温20〜30度

とのこと。

「いいんじゃないでしょうか」

誰に向けてなのか分からない確認をしながら、作業開始です。

倉庫から現れる"昔やってた人"の痕跡

家庭菜園といえば支柱。
すると母、「支柱ならある」と言う。

確かに、倉庫や庭でいつも見かけていました。
ただ、あれがただの棒ではなく、"家庭菜園の戦士たち"だったとは。

あとはネット。
私は、自宅にあった家庭菜園用ではないネットを持参。
"専用ではないけどひもよりはいいだろう作戦"です。

すると思い出したように母、
「昔使ってたのが、どこかにあると思う」

…早く言ってよ。
しかも、"あると思う"。
この曖昧さが、実家。

急に始まる、現場監督スタイル

そこからの母は早かった。

「そこ、もうちょっと右」
「支柱もっと深く」
「ネット張って」

急に現場監督。
しかも、全部こちらが動く前提。
私は言われるがまま、
支柱を立て、
ネットを張り、
ゴーヤを植えました。

完全に作業員です。

唐辛子はプランターへ。家庭菜園、奥が深い

さらに今回、初めて知ったこと。

唐辛子はナス科の野菜で、

・ナス
・トマト
・ピーマン
・ジャガイモ

などの仲間らしい。

そして、一度植えると"連作障害"を防ぐため、3〜4年は間を空けた方がいいとのこと。

知らなかった。

全くの無知だった私も、少しずつ家庭菜園の世界へ足を踏み込んでいます。

というわけで、
唐辛子はプランターで育てることにしました。

ツルを巻きつける姿が、もう尊い

ゴーヤを植えて数日後。

ふと見ると、
小さなツルが、ネットにくるくる巻きついている。

……尊い。

たったそれだけなのに、もうワクワクが止まりません。
「あ、ちゃんと生きてる」
そんな当たり前のことに感動してしまう。

母の"楽しそう"が何よりうれしい

もう随分と、家庭菜園から遠のいていた母。

でも今は、
「あれ植えたい」「次はこれ」
と、なんだか楽しそうです。
野菜を育てることはもちろんですが、
"楽しみがある"
というのは、やっぱり大きい。

ゴーヤがどこまでのびるのか。
唐辛子はちゃんと実るのか。
これからの成長が楽しみです。

そして今、
一番イキイキしているのは、もしかすると野菜より母かもしれません。

高齢の母がセルフレジに挑戦|キャッシュレス時代についていけないといいながら

        〜進化の波にゆっくり乗る母〜

ついていけないと言いながら、ちゃんと前に進んでいる。
母の"最新技術チャレンジ"は、今日も小さなドラマです。

高齢の親にとって、セルフレジやキャッシュレス決済は大きな壁。
「現金で十分」と言いながらも、母は少しずつ新しい仕組みに向き合っています。

高齢の母はキャッシュレスに消極的

最近の進化の波は、本当に速い。
「キャッシュレス?別に現金で不自由してないから」
と言いながら、
母はずっと"人のぬくもりがあるお店"を選んできました。

ガソリンスタンドもセルフではなく、
「人が入れてくれるところに行くのが安心」というタイプ。
それでも何とか、時代の変化をかわしながら生き延びてきたのです。

詐欺電話もかわすのが得意です。
その記事はこちら
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スーパーの全セルフレジ化で戸惑う高齢の親

ところが最近、母の縄張りにも変化が、
よく行っていたスーパーが、ついに"全レジ・セルフ化"に。

近くにあるのに、遠くなってしまったお店。
「もう行けない」と、母は肩を落としました。

人のいるレジが一台でもあるお店は"まだ行ける店"。
その境界線は、母の中で結構シビアです。

近所の行けるお店枠の八百屋さんの記事はこちら
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高齢の母がセルフレジに挑戦した日

ところが数日後。
「遠くなったあのお店、行ってきた!」と嬉しそうに報告。

聞けば、バーコードの読み取りで苦戦していたところ、店員さんが丁寧に教えてくれたとのこと。
「優しかったよ〜!」と、その笑顔はまるで子どものよう。

進化のスピードには追いつけなくても、
母は母のペースでちゃんと前に進んでいます。
たぶん、それが一番"人間らしい進化"なのかもしれません。

デジタル事情メモ

最近はスーパーのセルフレジ化やキャッシュレス化が進み、高齢者が戸惑う場面も増えているそうです。
慣れるまでに時間がかかるのは自然なこと。
誰かが少し手を貸すだけで、できることは意外と増えていくのかもしれません。

できることを少しずつ増やしながら。

高齢の母の肩の痛み|帰省すると始まる"湿布貼り係"の日常

        〜実家に行ったら必ずやること〜
母の肩に貼る湿布は、私にとって"帰省のしるし"。
高齢になった母は、肩や腰の痛みが日替わりでやってきます。
小さな手当ての時間が、親子の距離までそっと近づけてくれる気がします。

高齢の母の肩の痛みは、帰省するとすぐわかる

実家に着いて上着を脱ぐより先に母の肩の上がり方でわかります。言葉にしなくても、今日はここだな、と。
昨日は腰、その前は膝。
母の体は毎日どこかが"本日の主張"をしているらしく、中でも肩はレギュラーメンバー。

気づけば肩には、もはや"常設インテリア"のように湿布。
服の下に貼っているのに、なぜか存在感がすごいのです。

高齢になると、肩や腰の痛みは日常の一部になっていくんだなと帰省のたびに感じます。

自分では貼れない肩の湿布|父と母の、共同作業

湿布は自分で貼るのが難しい場所代表。
腕をぐるぐる回して挑戦してみるものの、
「そこじゃない、もうちょい上!」と一人ツッコミ状態。

父が手伝ってくれることもあるのですが、これがなかなかの共同作業になります。

「これ、どっちが表?」
「ツルツルしてる方じゃない?」
「それ、フィルムまだついてる!」

リビングで繰り広げられる"湿布会議"。
貼る前から、もう一仕事終えた空気です。

ようやく貼れたと思ったら、
「なんか違う気がする」と貼り直し、

見ていると申し訳ないけれど、ちょっと笑ってしまう、実家の日常です。

湿布一枚でも、今の私にできる親孝行

そんなわけで、私の実家でのミッションになっています。
位置を確認しながらぺたり。
空気を抜くように、手のひらでそっと押さえます。

「どう?」
「うん、やっぱり違うねぇ」

そう言って母が肩をくるくる回すのを見ると、たいしたことはしていないのに、なんだか大きな仕事をやり遂げた気分になります。

父も横から
「プロだな」
なんて言うものだから、つい得意顔。

湿布一枚。
時間にしたら数分のこと。

でも、
「貼ってもらうと安心する」
そういわれると、これはもう立派な"帰省の役割"です。

肩が軽くなったと言って笑う母の顔を見ると、
重かったのは肩だけじゃなかったのかもしれない、なんて思ったりして。

帰るころには、
また次の湿布が用意されているのも、もうお約束。

小さな手当てだけれど、この時間があるなら、
「また来よう」が増えていくのだと思います。
高齢の親の肩や腰の痛みは、特別なことではなく日常のひとコマ。
高齢の親を支える小さな役目は、実家のあちこちに増えていくのかもしれません。
帰省のたびにできる小さな手助けが今の私にできる親孝行なのかもしれません。

実家で増えていく"小さな役目"について書いた記事はこちら
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帰省ルーティンを書いた記事はこちら
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今日もまた、実家で"今できること"を重ねる一日。