高齢の親との日常や生活サポート、健康管理の小さな工夫を、ちょっぴりユーモアを交えて綴るブログです。親との暮らしのリアルな出来事を通して、今の実家との関わりを記録しています。

高齢の母がスマホを使いこなせない理由。機種変更を繰り返す実家の話

高齢の親がスマホを使いこなせない。
そんな悩みを抱えている人は、きっと少なくないと思います。

スマホが苦手な母が、スーパーでまさかの大捜索。
"スマホの便利さってそこじゃない?"と思わずツッコミたくなる、家族のほのぼの事件簿です。


高齢の母がスマホを使いこなせない理由

スマホが当たり前の時代。
でも父はガラケー初期で潔く引退。
「電話は鳴ったら誰か出る」
の精神で今日まで生きています。

一方の母は、「使いこなしたい!」
と情熱だけはNO1。

家庭菜園にもやる気を出した記事はこちら
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うまくいかないとすぐに、
「この機種、なぜか私と気が合わない」
とスマホに責任転嫁。

そして次の瞬間、
「でも次の子ならいける気がする」
と、また機種変更。
"運命のスマホ探しの旅"が止まらない。

機種変更のたびに起こるトラブル

新しいスマホになるたび、イベントが発生します。
・「LINEが消えた!」
・「連絡先が全員いなくなった!」
・「なんでこうなった?」
 →こっちが聞きたい

そして最大イベントは文字入力。

母の入力は、とにかく慎重。
一文字ずつ呼吸を整え、誤字脱字と戦い、長い長い旅路を経て、ついに送信!

……と同時に相手からの秒速返信。

母、静止。

「今送ったとこなのに?もう読んだ?魔法?」

入力スピードの差が、もはや時差どころか
"時空の裂け目"。

スマホがあれば解決できるのに使わない現実

そんなある日のスーパー。
母は単独で買物、私は父とスローペース散歩。

そこに突然、母が息を切らして登場。

「見つけた!もう店中ぜんぶ歩いた!」

…………

母よ、探偵でもこんなに歩きません。
ましてや、足が弱いのに…。

ここ!!スマホの使いどころ!!!

スマホさえあれば、10秒で解決するのに、まさかの"店内フル捜索"という体力勝負。

母よ、今こそスマホ!
このために毎回機種変更してるんじゃないのよ。

そして最後にひと言。

オチ:母は気づいた。けれど……

「やっぱりこのスマホ……
私に合ってない気がする」

そこじゃない。
そこじゃないのよ母。

スマホと仲良くなる日は、
……まだまだ先になりそうです。

できることを少しずつ増やしながら。
高齢の親と向き合う実家の暮らしについてはこちら
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高齢の親が回転寿司で戸惑う理由|タッチパネル注文に苦戦する両親の話

高齢の親と外食に行くと、時代の変化を感じる瞬間があります。
回転寿司ですら簡単ではなくなっているのかもしれません。


回転寿司、時代の波に乗れない両親。
でも、笑顔だけはいつも最新型。

高齢の親にとって回転寿司は本当に気軽?

気軽に食べられるようになったはずの回転寿司。
ところがうちの両親にとっては、どうも"気軽"とはいかないようです。

昔はハレの日のごちそうだった

回転寿司に行くと、父は必ず言う。
「昔は寿司なんて、簡単には食べられなかった」

タッチパネル注文が難しい高齢の親

確かに、回転寿司になって単価は安くなり、気軽に行けるようになりました。
でも、タッチパネルでの注文や流れてくるお皿を取る動作、
はたまたキャッシュレス決済に至るまでーー
進化した便利さゆえに、両親にとっては
もはや気軽ではありません。

スマホの操作で苦労している記事はこちら
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高齢の両親に代わり注文する私

母はパネルの前で「あれ?どれ押すの?」と首をかしげ、
父は「おお、任せた」と威勢よく答える。
そして、恒例の注文タイム。
母は「まずはいわし」、父も「いいねー」。
……

はい、結局、私が注文!!

お腹いっぱいと言いつつ、しっかり完食

先に揃ったお皿を前に、父がポツリとつぶやく。
「もう、お腹いっぱいだなぁ」
本人は少ししか食べていないつもりらしいが、皿を見ると十分に平らげている。
ーーいやいや立派に食べていますけど。

便利さより大切な、家族で外出する時間

便利になったはずの回転寿司も、両親にとってはまだ少し特別で、少し戸惑う場所。
便利さには追いつけなくても、お寿司を前に笑っている姿を見れば、それで十分です。

実家での出来事や、小さな気づきは、他の記事でも少しずつ書いています。よかったらこちらも読んでみてください。
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今の暮らしを、できるだけ長く大切にするために。

高齢の親とお花見散歩|車椅子で春を楽しむ…はずが毎回こうなる話

桜の季節、今年もやってきました

桜の季節がやってきました。
見ているだけで心がほどけて、少しだけ優しくなれるような時間。
高齢の親との外出は、季節を感じられる大切な時間でもあります。

桜といえば花見。
花見といえばーーわが家の場合は「お花見散歩」です。

父の車椅子散歩の記事はこちら
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高齢の親と車椅子でお花見散歩

今年も桜の名所に向かい、恒例の"車椅子散歩"。

父が座り、母が押す。
母が疲れたら、今度は母が座り、父が押す。
このスタイル、実はなかなか合理的です。
押すことで軽い運動にもなるし、普段は杖を使わない母も、押しているほうが歩きやすい様子。
「支える」と「支えられる」が、ゆるやかに入れ替わる時間です。

……と、ここまでは毎回とてもいい話。

春の陽気が生む"あの現象"

しかし、このお花見散歩には毎年必ず起こる"おなじみの現象"があります。

春の陽気と、やわらかい風。
心地よさに包まれて、母はすっかりご機嫌。
一方その頃、父はというとーー
最初こそ桜に見とれていたものの、じわじわと寒さが浸透。
そして始まる、静かなアピール。
「…ちょっと寒いな」
と言いながら、そっと差し出される手。
触れると、しっかり冷たい。

押すか、戻るか、それが問題

ここで選択を迫られます。
・押して体を温めるか
・座って膝掛けでしのぐか

……いや、だいたいもう答えは出ています。

「いやいや、もう戻ろう」

こうして、満開の桜を横目にわが家のお花見散歩は、今年もやや早めに終了するのでした。

寒がりな父の記事はこちら
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桜よりも印象に残るもの

たっぷり桜を楽しんだーーとは言いがたいけれど、このやりとりも含めて、わが家のお花見。
満開の桜よりも、「寒い」と差し出されたあの手の冷たさのほうが、なぜか毎年しっかり記憶に残ります。
こうして今年も、わが家なりの春が過ぎていきます。

今の暮らしを、できるだけ長く大切にするために。

高齢の親の買い物はなぜ慎重?サイズ選びから始まる実家の作戦会議

高齢の親の買い物は、思っている以上に慎重です。
失敗したくない気持ちと、暮らしを整えたい思いが交差します。

高齢の親の買い物はなぜ作戦会議になるのか

「買いもの」と聞くと、うちの両親の場合、ちょっとした作戦会議のようになります。

父のアウターの買い物の記事はこちら
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高齢家庭というと、もう物は足りているように思えますが、
例外なく、うちの実家もそうなんです。
むしろ、物に占領されている。
それでも、老いてきたからこそ必要になるもの、
年齢を重ねたからこそ"あったほうがいいもの"がでてくるんです。

高齢の母から届く買い物の指示

最近は「老いをかばうサポートアイテム」なるものが次々と登場し、便利グッズ界はまるで進化の最前線。
そんな中、母から届くLINE。

「〇〇がほしい」
……この一文。短いのに重みがあります。
まるで現場からの緊急指令。

高齢の親の買い物をスムーズにするコツ

事前リサーチが重要

・理由と希望をヒアリング
・大きさ、形、機能を検討
・スマホで情報収集
・最後はお店で実物確認

なんせ、狭い家に置くにはサイズ感が命です。

サイズ選びで失敗したくない高齢の親

「思ったより大きいねぇ」と言われると、心の中で"ですよね〜"と反省会。
"使わないままタンスのこやし"は何としても避けたいのです。

そして迎えた買いものデー。
父は「たまには外に出たいな」と言いながらも、
二件目で早くもペースダウン。 
母はそんな父を見て
「ほら、言わんこっちゃない」と笑います。

それでも起きる"議論は延長戦"あるある

「じゃあ、これで決まりね?」と確認したその瞬間ーー
父が「こっちのほうが丈夫そうだ」と言い出す。
母は「いまそれ言う?」
私は"本日の議論、延長戦"を覚悟します。

高齢の親の買い物は"小さな積み重ね"でうまくいく

母の「これ、いいね!」がでればミッション完了。
父も「まぁ悪くないな」とうなずけば、議案は可決。

高齢の親の買い物は、サイズ選びひとつで満足度が大きく変わります。
事前の確認を意識するだけで、失敗を減らすことができます。

次の"指令"がくるまでが静かな休戦期間です。

こうして、なんだかんだで、暮らしがやさしく整い、いい買いもの日和でした。

今の暮らしを、できるだけ長く大切にするために。
高齢の親との日常は、大きな出来事よりも、こうした小さな出来事の積み重ね。
こちらの記事でも、実家の日常を書いています。
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高齢の父に出したちょっと変わった宿題|車椅子散歩とエアロバイクで足の衰え対策

        〜お地蔵父の宿題シリーズ①〜

足腰が弱ってきた高齢の父。
それでも朝になると必ず言います。

「今日はどこか行く?」

外出欲は衰え知らず。でも体は正直です。
そんな父に娘の私が出した
"ちょっと変わった宿題"。

車椅子散歩とエアロバイクで足の衰えと向き合う日々の話です。

朝から出かけたい父

朝から父が言う。
「今日はどこか行く?」

……えっ、昨日も出かけましたけど?
足腰が弱って杖を使うようになっても、その"お出かけスイッチ"だけは元気です。

とはいえ、何も予定がないと一日中ソファーでお地蔵スタイル。
流石にまずい、と思いまして。

出しました。父への宿題!

出しました。父への宿題。
題して「車椅子散歩」。

私が実家に行ったとき限定で、ふたりで外をぶらり。
最初は父が車椅子を押し、私が座るという、奇妙な構図からスタート。

ご近所さんとの微笑ましいやり取り

ご近所さんに会うと、父が得意げに言います。
「子守りが大変でね〜」
(いや、乗ってるのおばちゃんですけど?)
と、心の中で全力ツッコミ。

歩けるところまで歩いたら、マイボトルでお茶タイム。
帰りは父が車椅子に乗って
「いや〜今日はよく働いた!」とご満悦。

長期休暇に突入……!?

そんな平和な宿題ライフも、いつの間にかサボリ気味に。
気づけば車椅子散歩は"長期休暇"に突入です。

足の衰え対策にエアロバイク登場

このままでは提出ゼロが続いてしまう、ということで、
新しい課題が登場しました。
エアロバイク。

寒がりの父に母は言います「寒いならエアロバイクを漕ぎなさい」その記事はこちら
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「少しでもいいから、毎日こいでね」と声をかけ、実家に行くたびに「どう?宿題ちゃんとやってる?」とチェック。

父「今日はテスト前だから休み」
母「テストないです」

最近は、そんなやり取りが恒例になってきました。

父の宿題、娘の宿題

父の宿題はエアロバイク。
娘の宿題は、それを確認すること。

お互い、赤点は避けたいところです。

戸締り任務は続いています。その記事はこちら
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最後に

私でも、何かを始めても3日坊主で終わるものも多々あります。
その中で、続けていけるものがやっと見つかったりというレベル。

習慣化目指して声かけしていますが、運動を習慣にすることは、思っているより難しいく、高齢者の体の重さは計り知れません。
それでも、足の衰えは待ってくれない。
できることを、できる分だけ。今日も父の宿題チェックは続きます。

同じように高齢の親のことを気にかけている方の参考になれば嬉しいです。
高齢の親と向き合う実家の暮らしについてはこちらにもあります。
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高齢父に小さな"任務"を|高齢母から届いた応援要請

         〜お地蔵父の任務シリーズ②〜

母のワンオペ家事、ついに応援要請。
お地蔵父、任務拡張中。
高齢の親の家事は、気づくとどちらか一人に負担が集中していることがあります。
わが家では母の洗濯物干しを、父が少し手伝うことになりました。
父にお願いしたのは、とても小さな任務です。

家ではほぼ動かない、安定の"お地蔵スタイル"の父。
そんな父にも、毎日欠かさずこなしている任務があります。
それが「戸締り確認」。
この任務はすっかり定着し、どうやら次のステージへ進むことになりました。

戸締り任務の記事はこちら
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母のワンオペ家事の負担軽減

父が急にやる気を出したから…
と言いたいところですが、母のワンオペ家事が、そろそろ限界を迎えつつあるのです。
全部一人でやるには、日々の家事は少し重たくなってきました。
とはいえ、まだまだレベル1。

洗濯物はかけるだけ、

されど重要任務

 
次なる任務は、洗濯物干しの手伝い。
洗濯全般ではありません。
洗濯機を回すのは母。
ハンガーにかけるのも母。
父の役目は、そのハンガーを受け取り、物干し竿に"かけるだけ"。
(任務シンプルすぎる)

それだけ?と思われるかもしれませんが、
背の低い母にとっては、これが意外と大きな助けになるようです。
だからこそ、任務として父に託されたのです。

二人で並んで、ゆっくり、同じ作業をする。

その姿はなかなかにほのぼのしていて、
「こうして少しずつ、なんでも一緒にやるようになれたらいいな」
と私は思ったりします。

共同作業のはずが、

母のこだわり発動

……が、現実はそう甘くありません。  

基本せっかちな母。
動作がゆっくりな父に、じわじわイライラ。
しかも、洗濯物には母なりの"かける場所のこだわり"があるようで、
母の中では"完成図"があるらしい。

そして「ああだこうだ」が始まります。

もともとやる気ゼロの父からすれば、 
手伝っているうえダメ出し。
楽しいはずがありません。

そこで母、作戦変更。

「かける順番通り」に父へ洗濯物を手渡す方式に、
父は、順番通り黙々とかけるだけ。
母は、急かさない。と心に誓う。

この攻防戦の様子は、私が実家に行くたびチェック。
父のやる気ゲージは、天気と気分に左右されます。
父が「やった」と言えば褒め称え、
やっていなければ、そっと助言。

いつか一心一体になる日を目指して

高齢の親に小さな役割があるだけで、暮らしのバランスが少し変わることがあります。
父にとっては「なんで俺が?」かもしれないこの任務。
それでも母の負担は少し軽くなります。
一進一退の攻防戦はまだまだ続いています。
定着までには時間かかりそうですが、
いつかこの任務が、一心一体の共同作業になる日を、ちょっとだけ楽しみにしています。
その頃には、任務レベルMAXになっているはず…たぶん。

できることを少しずつ増やしながら。
同じように高齢の親のことを気にかけている方の参考になれば嬉しいです。
高齢の親との日常は、大きな出来事よりも、こうした小さな出来事の積み重ね。こちらの記事でも、父の日常を書いています。
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高齢の親の通院付き添い|実家で感じた通院の負担

高齢の親がいると、
通院の付き添いが必要になる場面が少しずつ増えてきます。

高齢になると、薬が欠かせなくなる人は少なくありません。わが家の両親も、毎日薬を飲みながら生活しています。

薬を飲んでいるからこそ、今の日常が保たれている。そう考えると、改めて「健康寿命」の大切さを感じます。

そしてもう一つ避けられないのが、定期的な病院通いです。

高齢になると、定期受診はもちろん、「あそこが痛い」「ここが痛い」と、通院の機会も自然と増えていきます。
実際に病院の様子を見ていると、付き添いがいるかどうかで負担は大きく変わると感じることがあります。

高齢の親の通院は「誰かが連れて行く」からできている

高齢の親の通院は、思っている以上に手間と体力が必要です。
もし、両親二人だけで行くとなると、杖歩行の父を支えながら動くことになり、母の負担はどうしても大きくなってしまいます。

病院の入り口で父を降ろし、母は駐車場へ。
診察の前には、父の重ね着している服を脱がせます。

父は寒がりで、いつも何枚も重ね着。
看護師さんにも、父の重ね着はすっかり知れ渡り、診察前には

「今日は何枚ですか?」

と、確認が入るほど。
父の重ね着は、もはや病院公認レベルです。

診察が終わると、
今度は脱いだ服を順番に着せていきます。
こちらも通院というより、着替えサポート業務です。

診察が終わっても通院はまだ終わらない

診察が終わっても、通院はまだ続きます。

支払いをして、駐車場へ行き、車を入り口に回す。
父を乗せたら、そのまま薬局へ。

薬局でも、受付や説明を聞くのは母の役目です。

母も足が弱いのですが、杖ををついて歩く父と二人だと、どうしても母が無理をする形になります。

総合病院になると通院のハードルはさらに上がる

総合病院になると、さらに大変です。
受付で問診票を書いているとき、父はふと周りを見ていました。
視線の先には、同じくらいの年齢の方。
問診票を書いては止まり、また少し書いては止まり。
それを見ていた父の顔が、
「うん、あれは時間かかるよね」とでも言いたげでした。
高齢になると、こうした小さなことにも時間がかかります。

周りを見渡すと、多くの高齢者には付き添いの人がいます。

問診票の記入。
受付の説明。
診察室への移動。

両親は耳が少し遠く、説明が聞き取りにくいこともあります。
「◯番に行ってください」と言われても、病院の規模が大きいと、それだけでも不安になります。

高齢になると、通院だけでなく日常のちょっとしたことでもサポートが必要になる場面が増えてきます。
実家で感じた小さな変化についてもこちらで書いています。
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通院の大変さが教えてくれる「老い」の現実

付き添う側から見れば、ひとつひとつは大したことではないかもしれません。
でも、連れて行ってもらう側にとっては大きな助けです。
通院がスムーズにできるだけでも、疲れ方はまったく違うのだと思います。
病院の中で周りを見ると、付き添いがいる高齢者が多い理由もよくわかります。
それだけ通院という行為は、高齢になると負担の大きいものなのかもしれません。

高齢の親の生活を見ていると、通院だけでなく日常の小さなサポートも増えていきます。
実家で気づいたことを、こちらの記事でまとめています。
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まとめ

薬を飲みながら、今の生活を続けている両親。
その裏には、
通院という小さな負担があります。

普段は当たり前のように思っていることでも、
高齢になると一つひとつが大変になっていく。

病院通いの様子を見ながら、
「これが老いなのかもしれない」と改めて感じることがあります。

病院に行くという、ただそれだけのことが、高齢になると簡単ではなくなっていきます。
付き添いの存在が大きい理由を、通院のたびに感じています。

高齢の親の暮らしの中で感じたことを、こちらの記事にも書いています。
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