免許証返納は、ただ運転をやめる話しではありません。 高齢の母にとってそれは「これまでの暮らしをどう手放すのか」という問題です。

高齢の母が免許証返納を迷う理由
後期高齢となった母は、
いま免許証返納を決められずにいます。
テレビから流れてくる、
ブレーキとアクセルの踏み間違いのニュース。
そのたびに、母は少し黙り込みます。
「いつかは返さないといけないよね」
そう言いながらも、話はそこで止まります。
地方で暮らす高齢者にとって車は生活そのもの
母の住む場所は地方です。
車がなければ、生活が成り立ちません。
スーパーも、病院も、
歩いて行ける距離ではありません。
母が通っている近所の八百屋は、車があるからこそ続いている大切な時間です。近所の八百屋の記事はこちら
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ゴミ出しでさえ、車を使っています。
体力が落ちた今、
「歩けばいい」という選択肢は、
母の中にはもうありません。
車は移動手段であると同時に、
母が外の世界とつながるための命綱です。
父は返納した。でも、私は決められない
父はすでに免許証を返納しました。
返納後の父の様子や、少しずつ役割を増やしている記録もこちらの記事にまとめています。
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母が運転していたこともあり、
その決断は驚くほどあっさりしたものでした。
でも、自分が返すとなると話は別。
母が返納した瞬間、
買い物も、通院も、
自分ひとりではできなくなります。
「人に頼る生活になる」
その現実が、母の胸に重くのしかかっています。
返しても不安、返さなくても不安
母も、危険を分かっていないわけではありません。
以前、
踏み間違いを、防ぐ装置を
車に取り付けられないか調べました。
結果は、取り付け不可。
じゃあ安全な車に買い替える?
ーーそれも、簡単な話ではありません。
安全と現実の間で、
母は何度も立ち止まりました。
運転を続ければ、事故が心配。
返納すれば、外に出なくなる未来が見えてくる。
「返したら一気にボケたって話もあるでしょ」
母は、ぽつりと言います。
外に出ること、
人と話すこと、
自分で用事を済ませること。
それらを一気に失う怖さを
母は誰よりも分かっているのです。
今日も答えは出ないまま
「もう少し、考えさせて」
そう言って、
母は今日も免許証を財布に入れたままです。
決められないのは、
覚悟がないからではありません。
これまで当たり前だった暮らしを、
手放す準備が、まだ整っていないのかもしれません。
免許証返納は、
母にとって"終わり”を選ぶ話ではなく、
これからをどう生きるかを考える問題なのだと、
そばで見ていて感じています。
最後に
地方で暮らす高齢の親にとって、
免許証返納は単なる制度の話ではありません。
生活そのものをどう支えるかという現実的な問題です。
我が家も、まだ、答えは出ていません。
今の暮らしを、できるだけ長く大切にするために。
高齢の親と向き合う実家の暮らしについてはこちら
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