高齢の親との日常や生活サポート、健康管理の小さな工夫を、ちょっぴりユーモアを交えて綴るブログです。親との暮らしのリアルな出来事を通して、今の実家との関わりを記録しています。

高齢の親の通院付き添い|実家で感じた通院の負担

高齢の親がいると、
通院の付き添いが必要になる場面が少しずつ増えてきます。

高齢になると、薬が欠かせなくなる人は少なくありません。わが家の両親も、毎日薬を飲みながら生活しています。

薬を飲んでいるからこそ、今の日常が保たれている。そう考えると、改めて「健康寿命」の大切さを感じます。

そしてもう一つ避けられないのが、定期的な病院通いです。

高齢になると、定期受診はもちろん、「あそこが痛い」「ここが痛い」と、通院の機会も自然と増えていきます。
実際に病院の様子を見ていると、付き添いがいるかどうかで負担は大きく変わると感じることがあります。

高齢の親の通院は「誰かが連れて行く」からできている

高齢の親の通院は、思っている以上に手間と体力が必要です。
もし、両親二人だけで行くとなると、杖歩行の父を支えながら動くことになり、母の負担はどうしても大きくなってしまいます。

病院の入り口で父を降ろし、母は駐車場へ。
診察の前には、父の重ね着している服を脱がせます。

父は寒がりで、いつも何枚も重ね着。
看護師さんにも、父の重ね着はすっかり知れ渡り、診察前には

「今日は何枚ですか?」

と、確認が入るほど。
父の重ね着は、もはや病院公認レベルです。

診察が終わると、
今度は脱いだ服を順番に着せていきます。
こちらも通院というより、着替えサポート業務です。

診察が終わっても通院はまだ終わらない

診察が終わっても、通院はまだ続きます。

支払いをして、駐車場へ行き、車を入り口に回す。
父を乗せたら、そのまま薬局へ。

薬局でも、受付や説明を聞くのは母の役目です。

母も足が弱いのですが、杖ををついて歩く父と二人だと、どうしても母が無理をする形になります。

総合病院になると通院のハードルはさらに上がる

総合病院になると、さらに大変です。
受付で問診票を書いているとき、父はふと周りを見ていました。
視線の先には、同じくらいの年齢の方。
問診票を書いては止まり、また少し書いては止まり。
それを見ていた父の顔が、
「うん、あれは時間かかるよね」とでも言いたげでした。
高齢になると、こうした小さなことにも時間がかかります。

周りを見渡すと、多くの高齢者には付き添いの人がいます。

問診票の記入。
受付の説明。
診察室への移動。

両親は耳が少し遠く、説明が聞き取りにくいこともあります。
「◯番に行ってください」と言われても、病院の規模が大きいと、それだけでも不安になります。

高齢になると、通院だけでなく日常のちょっとしたことでもサポートが必要になる場面が増えてきます。
実家で感じた小さな変化についてもこちらで書いています。
honobono-support-biyori.com

通院の大変さが教えてくれる「老い」の現実

付き添う側から見れば、ひとつひとつは大したことではないかもしれません。
でも、連れて行ってもらう側にとっては大きな助けです。
通院がスムーズにできるだけでも、疲れ方はまったく違うのだと思います。
病院の中で周りを見ると、付き添いがいる高齢者が多い理由もよくわかります。
それだけ通院という行為は、高齢になると負担の大きいものなのかもしれません。

高齢の親の生活を見ていると、通院だけでなく日常の小さなサポートも増えていきます。
実家で気づいたことを、こちらの記事でまとめています。
honobono-support-biyori.com

まとめ

薬を飲みながら、今の生活を続けている両親。
その裏には、
通院という小さな負担があります。

普段は当たり前のように思っていることでも、
高齢になると一つひとつが大変になっていく。

病院通いの様子を見ながら、
「これが老いなのかもしれない」と改めて感じることがあります。

病院に行くという、ただそれだけのことが、高齢になると簡単ではなくなっていきます。
付き添いの存在が大きい理由を、通院のたびに感じています。

高齢の親の暮らしの中で感じたことを、こちらの記事にも書いています。
honobono-support-biyori.com