
桜の季節、今年もやってきました
桜の季節がやってきました。
見ているだけで心がほどけて、少しだけ優しくなれるような時間。
高齢の親との外出は、季節を感じられる大切な時間でもあります。
桜といえば花見。
花見といえばーーわが家の場合は「お花見散歩」です。
父の車椅子散歩の記事はこちら
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高齢の親と車椅子でお花見散歩
今年も桜の名所に向かい、恒例の"車椅子散歩"。
父が座り、母が押す。
母が疲れたら、今度は母が座り、父が押す。
このスタイル、実はなかなか合理的です。
押すことで軽い運動にもなるし、普段は杖を使わない母も、押しているほうが歩きやすい様子。
「支える」と「支えられる」が、ゆるやかに入れ替わる時間です。
……と、ここまでは毎回とてもいい話。
春の陽気が生む"あの現象"
しかし、このお花見散歩には毎年必ず起こる"おなじみの現象"があります。
春の陽気と、やわらかい風。
心地よさに包まれて、母はすっかりご機嫌。
一方その頃、父はというとーー
最初こそ桜に見とれていたものの、じわじわと寒さが浸透。
そして始まる、静かなアピール。
「…ちょっと寒いな」
と言いながら、そっと差し出される手。
触れると、しっかり冷たい。
押すか、戻るか、それが問題
ここで選択を迫られます。
・押して体を温めるか
・座って膝掛けでしのぐか
……いや、だいたいもう答えは出ています。
「いやいや、もう戻ろう」
こうして、満開の桜を横目にわが家のお花見散歩は、今年もやや早めに終了するのでした。
寒がりな父の記事はこちら
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桜よりも印象に残るもの
たっぷり桜を楽しんだーーとは言いがたいけれど、このやりとりも含めて、わが家のお花見。
満開の桜よりも、「寒い」と差し出されたあの手の冷たさのほうが、なぜか毎年しっかり記憶に残ります。
こうして今年も、わが家なりの春が過ぎていきます。
今の暮らしを、できるだけ長く大切にするために。