高齢の親との日常や生活サポート、健康管理の小さな工夫を、ちょっぴりユーモアを交えて綴るブログです。親との暮らしのリアルな出来事を通して、今の実家との関わりを記録しています。

高齢の母が苗を植える|家庭菜園でよみがえった"やる気”が娘にも広がる

〜高齢の母の家庭菜園|母のやる気シリーズ③〜

高齢の母が家庭菜園を再開しました。
小さな草取りがキッカケで、次は苗植えへ。
その"やる気”は、気づけば娘の私にも広がっていました。

高齢の親の家庭菜園、見ていると
「それで大丈夫?」とつい口を出したくなること、ありませんか。
私は毎回、心の中でそっとツッコミを入れています。

母のやる気が復活したキッカケ
母のやる気シリーズ①はこちら
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それから次は、花壇の整備
母のやる気シリーズ②はこちら
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高齢の母、家庭菜園で苗を植える

今回は、母が野菜の苗を植えるというので手伝うことにしました。

が、驚くほどテンポが早いんです。
土を出して、苗を差して、はい終了。

……いや、早すぎません?

こちらが「えっと、配置は…」と考え始めた頃には、
もう次の苗に手を伸ばしています。

完全に、思考より先に体が動いているタイプです。

「大事なのは、愛情じゃない、タイミング」と言いながら、
どんどん苗を植えていく母。

その手つきは迷いゼロ。
説明書など、最初から存在していないかのようです。

どうやら、母の園芸理論は"気合いと勘と長年の経験"で構成されているようです。
もはやジャンルは園芸というより職人技です。

母の「適当」に理由がある

最初はそのスピードと大胆さに戸惑いましたが、見ているうちに気づきました。
母の"適当"は、雑ではなく、長年の感覚から生まれた"ちょうどいい加減"。
むしろ、きっちりやろうとする私の方が、手が止まりがちでした。

植えた野菜たち、風が通ってのびのびして見えます。
植物も、人も、少しの余白が必要なのかもしれません。
(詰めすぎるのは、人間関係だけで十分です。)

娘も家庭菜園を始めてみた

そんな母を見ていたら、

「えっ!?もう終わり?」
「これならできそうじゃない?」

と、ハードルが一気に下がりました。
なんだか私もやってみようかな、と。

まるで魔法にかかったように。

…いや、正確には"影響された"のです。
しっかりと。

きっちりやることよりも、「今できる形で続けること」のほうが大事なのかもしれない。

母の花壇で、少し曲がった苗が元気に伸びるように、
私のベランダでも、不格好な芽がこっそり顔を出しました。
(こちらはまだ様子見です。)

さいごに

高齢の親の「できること」を増やすヒントは、案外こんな日常の中にあるのかもしれません。
完璧じゃなくてもいい。
むしろ、その、"ちょっとした適当さ"が、長く続けるコツなのかもしれません。
家庭菜園に限らず、その人なりの"やり方"の中に、学べることはまだまだありそうです。