
実家の片付けは、一度やれば終わるものではありません。
気づけばまた増えている物、なぜか減らない収納、そして"空の箱"。
高齢の親と暮らしを整える中で見えてきた、
「物を捨てられない理由」と「誰かと一緒だから進む片付け」の話です。
実家の物が減らない問題
高齢の親が暮らす実家。
気づけば物が溢れています。
ポケットティッシュの街頭配布。
来店記念品や景品。
「新型が出たら、やっぱこっちが便利かも」と増える家電。
今はもう使っていないけれど「いつか使うかもしれない」と保管されているもの。
本来は生活を便利にするはずの物たちが、
気づけば空間を占拠。
もはや、
実家が物に支配されているのでは?
と思う瞬間すらあります。
動けるうちに始めた実家の片付け
両親がまだ元気に動けた頃。
二階建ての実家で、階段の上り下りがしんどくなってきたタイミングでした。
「今のうちに実家の片付けをしておこう」
一階で生活が完結するように模様替え。
そして、思い切った不要品の処分。
市のクリーンセンターへ何往復したことか。
あれはたぶん、
わが家なりの生前整理だったのだと思います。
空箱トリプル事件
そして数年後。
「そろそろまた片付けようか」と棚を開けるとーー
立派な箱。
中を開ける。
空。
隣の箱。
開ける。
空。
そのまた隣。
……空。
どうやらわが家には空箱を収納するための棚が存在していたようです。
立派だから。
何かに使えそうだから。
でも、何年も"何か"にならなかった箱。
ここで私は心の中で静かにツッコミます。
「それ、箱を守ってるだけでは…?」
なぜ高齢の親は物を捨てられないのか
物がない時代に育った世代。
「もったいない」はただの口ぐせではなく、生き方そのもの。
だから、実家の断捨離は簡単ではありません。
正論で押しても、うまくいかない。
感情がついてくるからです。
それでも処分できる理由
でも、ひとつだけ分かったことがあります。
誰かと一緒に片付けると、思い切って処分できる。
一人だと迷う物も、横で「どうする?」と聞かれると、決断できる。
「じゃあ、これはもういいかな」そんな言葉がふっと出てくる。
処分するのは物なのに、必要なのは"人"なのかもしれません。
実家の片付けは、物を減らす作業というより、気持ちを整理する時間。
だからこそ、定期的にやってくるわが家の
大掃除ならぬ"大処分デー"。
そのたびに、少しだけ棚が軽くなり、少しだけ空気が流れるようになります。
まとめ|実家の片付けは伴走型
実家の片付けや生前整理は、一度で終わりません。
高齢の親が物を捨てられないのは、弱さではなく背景。
急がす、
責めず、
一緒にやる。
それが、今のわが家の"実家との向き合い方"です。
そして次の大処分デーではーー
あの棚の奥に、また空箱が眠っていないことを祈ります。
(たぶん、いる。)
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今の暮らしを、できるだけ長く大切にするために。